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おうちがいちばん

初めての暗道、初めての東北 - 尾瀬・燧ヶ岳(3)

 

登山開始

朝5時前に目が覚めたとき、身体中が心地の良い疲れに包まれていた。

枕元にはお盆、その上に紙の包みがふたつとポットがあった。友人に聞くと、昨夜宿の人が運んできた今日の朝食ということだった。

ポットからお茶を1杯くんで飲み、布団を整えて小屋を後にした。

 

 

暗いうちから登山をするのは初めてだった。友人からヘッドライトを持ってくるように言われていたので、忘れず頭にかけて、小屋の裏の林の中へと潜っていく。

 

尾瀬ヶ原から燧ヶ岳へと続く道は、何十年もの間に途絶えてしまったり新たに開通したりを繰り返しているらしい。今日登る道は見晴新道という道で、ここ10年ほどでできた道だった。雨が降るとぬかるみがひどいらしく、昨夜の雨でどれほど悪化したのか、行ってみないとわからない。

尾瀬ヶ原と同じ木道を進んでいくと、すぐに尾瀬沼との分岐に差し掛かる。

そこからは、確かにぬかるみのひどい道が続いていた。見晴新道というよりも、ぬかるみ新道と呼んであげたいくらいだ。ぬかるんでいない端の方を進みながら登っていくと、次第に切り残した笹の茎が道に広がり始める。なるほど、確かに出来て日の浅い道のため、笹を刈った跡がそのまま剥き出しになっている。そして、刈ったらそのあたりに散らばしているので、痛い思いをして笹の上を歩くか、滑るリスクがあるまま笹の上を歩くのか。

しかし、文句は言ってはいけない。どんな道だろうと、そこをならしてくれる人がいて、小屋で働く人がいて、歩荷さんが食事を届けてくれる。登山も、宿泊も、すべて趣味の範囲なのだから、感謝しなければいけない。

文句が出るとすれば、自分自身にだ。なんでこんなところ来てしまったんだろうなぁと、何度も頭の中を駆け巡る。

 

 

登山が終わってこうして振り返ると、上りのことはなんでもなかったように感じてしまう。この思考回路は二郎系ラーメンに近い。その場では二度といくもんかと独言ているのに、何日かすると達成感だけが尾を引いて、また行かなければいけない気がしてくる。

 

気づくと、8合目という看板が出てきた。時間の流れとともに視界の明るさが上がり、周囲の植生が変わっていく。視界が開けたと思ったら、ハイマツに囲まれた塹壕のような道を進んでいく。塹壕から抜けてハイマツよりも高くなったと思うと、物凄い速さで流れる雲と、同じ高さにいることに気づく。テラコッタ色のガレ場の道を進んでいく。尾瀬ヶ原に流れる小川にも、同じ色の石が堆積していたのを思い出した。

 

 

次第に、周囲の景色が眩しくなる。瞳孔が開いたまま閉じないような、太陽を直接みた時の残像で視界が覆われている感じがして、目の前の景色は見ているのに、ちゃんと見えていない。

もしかしたら、これが高山病なのかと思ったが、その後帰って調べても同じような症状はないらしい。単に急に視界が開けて眩しかっただけなのかもしれない。

山頂の少し前のひらけた場所で小休止した後、最後の力を振り絞って、二人は柴安嵓に到着した。