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おうちがいちばん

大島旅行記-7

いざなみ

 

 

バイクを飛ばしてお店に到着した。

のぼりに寿司と書いてあるが、入り口の窓ガラスにはPanasonicと書かれている、そう、どうみても店の風体は電気屋だ。本当にこんなところで、寿司が食べられるのだろうか。

中に入ってみると、厨房が区切られていて小さな窓がある。そこに一人前の寿司が何箱も並べられていて、その目の前の小窓の奥で何人もの板前さんが握っている。少し挨拶をして、寿司を眺める。ところが色とりどりの詰め合わせはいっぱいあるのに、島寿司がない。左を見ると、こちらにも小窓があってレジになっていた。そこに立っていたご婦人に聞いてみると、あ、今ちょうどひとつできますよ、と応えて用意してくれていた。いや、本当に情けないことなのだけれど、島寿司以外もとても美味しそうで、島寿司を選んだことをふんわりと後悔しかけた。ご婦人から一人前と箸の入ったレジ袋を受け取って、1500円もしなかっただろうか、お代を払った。用意してくれている間、板前さんに肩から下げたカメラを指されて、山を撮りにきたの?と訊かれた。あぁ、これ、そうですね、いや何を取るかは全然決めてないんです、気まぐれで、と気のない返答になってしまって、会話は一往復で終わった。お店を出て、スクーターのフックにレジ袋を引っ掛ける。

まだ寿司を食べてないのに、ものすごい満足感だったと思う。自分で調べてあまり人気のないお店を見つけて、そこがあまり人気がないしっかりとしたいいお店で、昨日の朝から島の人とコミュニケーションをほとんどとっていなかったのが、拙いながら少し話ができて、天気は晴天でバイクに乗れる。こんなにいい日はない。そして、この島の旅で(私の中では)ほとんどメインスポットとなっている、三原山の裏砂漠へと向かった。

 

裏砂漠

バイクの道中ではもちろん写真を撮れないので、行く道すがらについてはあまり思い出せることがない。大島一周道路を、ひたすら外回りで爆走していった。途中で陸側に入り、上り坂に差し掛かるところで、椿園か動物園か、観光地があった。少し人の入りがあったと思う、だけどそこを素通りした。そこから道は段々と人気のない森の中へ入っていった。それほど背の高くない木々が、道路の真上まで伸びてきて、自然のトンネルのようになっている。

ふと開けたところに、小さな看板と、円筒形のオブジェがある。唐突に現れたここが、裏砂漠への入り口だ。

 

 

数年前、記憶を頼りにGoogleマップでこの景色を探していた。ストリートビューで島中の景色を追って行って、ここを見つけ出して、お気に入りのリストへ追加した。そう、何年も前からここに再び来ることを夢見ていたのだ。

円筒形のオブジェは、オブジェではない。おそらく噴火したときのための、土石流や火砕流を避けるための避難所である。だから山頂の中心側に壁が来るように配置されているのだろう。そういう理由が分かれば、なんの不思議なこともないのだけれど、やっぱり子供の頃のこの避難所はとてつもなく異様に見えた。

看板のところから、山へ向かって道が伸びている。

 

 

子供の頃、この道を通って三原山から下山した。

三原山にはいくつかの登山ルートがある。家族旅行で来たときは、表のルートから登って、裏からこの道へと降りてきたはずだ。山を登り始めた時は人気があったのに、裏砂漠は何もない、誰も居ない、ただ一緒に歩く父と母と妹だけがいて、向かう先もよく分からない、昼間だったのにとても幻想的な世界だったと感じていた。何もない世界に放り出されたような怖さもあったかもしれないが、そこには確かに家族がいた。生い茂ったよく分からない草の花粉でみんなくしゃみが止まらなくなった。ちょうど疲れてきた頃に、いきなり誰もいない舗装路と避難所が出てきて、目の前のバス停で家族4人、バスが来るのを待っていた。

 

避難所の前に停めたスクーターのフックから寿司のレジ袋を拾い上げて、この山道を進んでいくことにした。

 

 

車の轍が目立つ。

ここは、舗装された道ではないが、車で走っても良いことになっているらしい。4WDの車やオフロードバイクで遊びに来る人も多いようだ。

しばらく歩いたところで、後ろからジムニーが走ってきた。車の走ってくる音が遠くからずっとしているような、いや耳に当たる海風の音でよく分からない。車がまた来たかなと思って振り返っても、何も来ていない。今度は、向かいから大型バイクが来た。島のレンタカー店の規約では、借りた車でここを走ってはいけないというらしいから、みな下田からの船に自家用車を載せてくるのだろう。

青空と対照的に、山道は真っ黒だ。溶岩が細かくなった砂利が敷き詰められていて、山を登っているというよりは浜辺を歩いているような歩きづらさがある。だが、昨日の雨はなんのそのという感じで、その分だけ水はけがいいのだろう。たまに枯れた川のように凹んだ跡がある。そこにモグラが通れるくらいの穴が空いている。何か、生き物が棲んでいるのだろうか。でも周りから生気を感じない。後ろを振り向くと、遠くに海面が見える。海岸線は見えなかった。

10分、15分くらい歩いたところで、だんだんと周囲の草木も少なくなってきて、目の前にロープの張られた場所に着いた。

 

 

看板に、これ以上は車で乗り入れていはいけないと書いてあった。

いやありのまま正直に話せば、この先にも轍は続いていた。人間なんてそんなものだ。どうせ見られていないのだからとなって、注意書きなんて意味をなさない。レンタカーの規約は守るのに、と思うと不思議なものだが、考えてみればこの先に車で行ってしまう少ない人達と、レンタカーを借りる大多数の人達は別の層の人なんだろう。

この辺りで、買ってきた寿司を食べることにした。腰を下ろす、といっても分かりやすい岩などはない。本当に全ての地面が黒い砂利で成っている。仕方がないので、少し高いところにしようと移動すると、そこは海風が強かったりして居づらいので、その高くもない低くもない中途半端なところに胡座をかいた。

 

 

島寿司は、少し変わった醤油に白身の刺身をうんたらかんたら、、というのは調べていただければいいと思う。とにかく漬けの寿司に、わさびの代わりにカラシが入っている。私に複雑な味のコメントはできない。誤解を恐れずいうなら、馬鹿みたいな味だ。甘くてしょっぱくて、生魚と米だ。美味くないわけがない。屋外で食事をするっていうのも久しぶりだからか、幸福が溢れて仕方がなかった。

寿司を食べている間に、また車が通った。今度は、ロープの向こう側から下山してくる車だった。こんなに堂々と、島の決まりを無視していける人もいるもんだなぁと、でも睨まれても嫌なので運転席とは目を合わせないように俯いて、中途半端な正義感だけが心に残った。

ここから山頂まで見通せるというのに、視界のどこにも人の姿は見えない。やっぱり、今も昔も裏のルートを歩く人などほとんどいないのだ。

寿司を食べ終わって、一服をして、あたりを見回した。いろんな感傷的なことを逡巡していたけど、この旅行記にふさわしいか分からないから、心のどこかに置いていく。

 

まぁ別にここでやりたいこともないのだから、心が満たされればそれで終わりだ。景色をもう一望だけして、停めたバイクのところまで戻った。