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おうちがいちばん

大島旅行記-8

大島一周道路

裏砂漠を出て、もう行きたいところはない。あとは今日15時に出る船の出港まで、気の赴くままにぶらつくしかない。

せっかく自由に移動できるバイクを手に入れたのだから、このまま大島を一周してしまおう。

ここから波浮港まで南下して、昨日バスで通った道を行けば大島一周道路で元町へと戻れる。だがそれではつまらない。私はどこへ行ってもそうだが、来た道を同じように戻るのはできるだけ避けたい性質なのだ。

波浮までいく途中で西へ行く分かれ道がある、月と砂漠ラインという道らしい。とりあえず、こちらを走って行ってみようと考えた。今地図を見てちゃんと振り返ってみると、この道はどうしたって元町の方へ通り抜けられない。月と砂漠ラインの終点には駐車場があって、そこからまた三原山への登山道になってはいるが、そこで行き止まりだ。どうやらその先に航空局の建物もあって、それはそれで地図上で見ると面白そうなのだが、そこへの入り口はこうなっていた。

 

 

当然、立ち入り禁止である。いくら都心から離れた田舎の山の中でも、そうそう一般人が入れないというところはいくつかある。そういう場所の一つだ。

実は、もう少し南に、島の西側に抜ける山道があって、その時はそれと混同して居たのであろう。ともかく、登山にも用がなく、大層な名前の付いた道の割りにはそれほど眺望もないので、駐車場まで着いたらピストンで一周道路へ戻ってきた。そのとき島の西側へ抜ける道がないのだと勘違いをし続けて居たから、仕方がない、波浮まで行くことにした。昨日の雨の中で見る人気のない波浮も良かったが、せっかく晴れたのだからその姿も見ておきたい。

 

晴天の波浮港

10分ほど走ったところで、波浮港の見晴台へと着いた。

 

 

二車線の道路に急に現れた、港を見下ろす高台だった。道路から急階段で少しだけ降りて、眼下に小さな港町が広がる。周りに生えてる針葉樹も、松だろうか、趣がある。

 

 

昨日雨の中で降りたバス停のすぐ脇に、今日は船が止まっている。船の種別は分からないが、今改めて、ただの漁船じゃないようにも見える。

 

 

昨日コロッケを買いに寄った鵜飼商店も、その後歩いた港の端も見える。

少しの間、港を眺めて、またバイクへ跨った。

 

空港と牧場と珈琲

15kmほど、島の周囲を止まらずに走った。

ほとんど元町のそばまで来てしまったが、まだ時刻は13時くらいで、今すぐバイクを返してしまっても勿体無い。それならばと、元町を通り過ぎて、北側の空港の方へと向かった。昨日から元町と岡田の間を行き来ばかりしていて、大島ストアの前を通るのは、もう何回目だろうか。

一応まだ回っていないスポットを調べてみて、ぶらっとハウス、というのが出てきた。牧場のそばでスイーツがあって、一応野菜などの直売所にもなっているらしい。そういえば明日葉のお茶をお土産に買っていく予定だったので、あるだろうか、寄ってみることにした。

 

 

家族連れが結構いた。男一人に、冷ややかな目線が注がれているのか、どうかは分からないが、バイクを停めて建物の中に入ってみた。ずらっと野菜が並んでいる。地元の人が話している。

そこで、明日葉のお茶を買った。お花や地の野菜も買ってみたかったが、持って帰るのに嵩張らない、なぜだかちょっと欲しくなった唐辛子のパウダーだけを買って出た。ソフトクリームかジェラートでも食べれば良かっただろうか。ただ、このあと元町でバイクを返して岡田へのバスに乗らなければならない、と少し気がせいていた。さすがにジェラートは、家族連れの視線も数倍痛いだろう。

 

 

空港のそばを通って、元町へと戻る。

途中で信号を右折する時、目の前の家屋のガラス戸に自分の姿が映った。スクーターに男が乗ると、どうしたってヤンキーに見えるが、謎に姿勢良くリュックを背負っていて、でも半ヘルなのだ。不思議な見た目だ、と自分で可笑しくなった。道中、朝聞いておいたガソリンスタンドで満タンに給油する。都心と比べると、ずいぶんと高い気がしたが、そこはバイクの燃費でカバーである。

元町のレンタルバイク店に戻って、バイクを返却した。前回も言ったが、ここでは返却時の車両点検もされない。ここ置いといてください、と言われてそれで終わりだった。そんな適当な感じかとわかると、人間強欲なもので、一日のレンタル料が少し高いなと思い始めた。原付二種のバイクは、50ccに比べるとかなり高い。だいたい、原付二種を借りる人なんてほとんどいないんだから、原付が予約で埋まっていて二種を持て余すなら、原付と同じ値段で貸してくれても良いのに、と思った。

さて、13時半、少し急いでいた割にはパッと暇になってしまった。15時過ぎに岡田から船が出る、そして元町から岡田までのバスは14時半に出発するので、1時間ほど暇になった。どこか喫茶店でもないかと辺りを見回していると、向かいの土産物屋の2階にある。階段を上がる前から、不思議な感じの雰囲気のする喫茶店だった。

 

上がってみると、木のベンチとテーブルが並んだ、柔らかい感じの喫茶店だった。お客さんは数人いて、店のご主人が客席に座った奥さんらしき人と仲よさそうに喋っている。座ってメニューを見ると、大島にちなんだダジャレの珈琲が何種類もあった。味はどれも美味しいだろうから、好きな裏砂漠の名の付いたものを頼んだ。小さいケーキの切れ端をサービスしてくれた。窓辺に、ローライフレックスかローライコードか、二眼レフが飾ってあった。

ご主人は優しいが少し変わった人だ。面白いけど圧が強くて、人を選ぶタイプだ、私は別に苦手ではないのだが。気になって、昨日見た波浮の建造途中の建物について、一眼で撮った写真を見せながら聞いてみたが、どうにも詳しいことはわからないようだった。テーブルに島の新聞が置いてあって、4ページしかない。そこにもその建物のことは載っておらず、あっという間に読んでしまった。私が珈琲を飲んでいる間に、一人お客さんが来て、そして先にいた奥さんだと思って居た人は、実はただの常連さんで、二人ともお会計をして帰ってしまった。そうして客は私一人になってしまった。時計を見ると、確かにバスの時間が近づいている。私も乗り遅れてはいけないと急いでお会計をしたが、名刺くらい大きさの紙に名前を書いてほしいと急に言われた。そういえば他のお客さんも書いていたなと、どうもご主人はバインダーにそれを集めていて、なるほどそういうタイプのお店かと、急いだ字で書いて喫茶店を出た。出てから、咄嗟に言われたので本名にしてしまったが、あだ名にすればよかったんじゃないかという気持ちになっていた。

 

帰宅

元町から岡田へ向かうバスは満載だった。プラスチック容器のドリンクを持ったまま乗り込むさして若くもない4人組が一緒に乗り込んだ。彼らはバスが走り出しても、俺の前の席でずぞぞぞと音を立てていた。もう中身はないのに啜ると出るあの音を、いつまで経っても鳴らしていた。なんだかいい大人になって、そんなことしないよなと呆れて、でも島の奔放さに当てられたのだろうか、苦笑いして心の中で許してしまった。

岡田に着くと、昨日の朝散り散りになっていった人たちがまた集結していた。港の外の土産物屋に行列ができている。何か買って帰らなければいけないだろうか、そういえば善菓子屋で岡田のターミナルの中の土産物屋があると聞いたので、そちらに行くことにした。

 

 

岡田港のターミナルは1日半ぶりだ。この建物の2階にも土産物屋があって、ここで牛乳煎餅を買おうかと思ったが、この小さな売店も、廊下にまでずらっと行列ができていた。旅の終盤に来て、並んでもいないのに徒労感に包まれて、諦めて桟橋の方へと向かった。

 

 

ジェット船が何隻も泊まっている。一応時刻ごとに違った船らしく、間違えて恥ずかしい目に遭いたくないので、手に持った乗船券と船員の案内の言葉を何度も繰り返し確認して、手前のピンク色の船に乗り込んだ。

船の中に入ると、一列に10席くらい並んでいてせせこましい。私は乗船券に指定された通り、一番前の列の真ん中に座った。モニターで島のCMやら航海の案内を流していたが、あまりにも真上すぎて見ていると首が痛くなりそうだった。次第に、皆が乗り込んで、船が出航する。私はワイヤレスイヤホンを着けて、壁に向かって遠くを見つめた。

 

この旅はなんだったのだろう。

思い返してみると、最初は負の感情だった。懐かしい思い出を、人に踏み荒らされるような気持ちになったという、ただただ意地を原動力にした弾丸の旅行である。

実際に見た大島の景色は、当たり前なんだけれど、子供の時に比べて全て小さくなっていた。そして、こんなことは認めたくないが、認めざるを得ない。大人になって、感情を揺さぶられるほどの出来事や景色というのは少なくなった。よっぽどのことでは驚かないし、印象に残ることも少ない。今回の旅で見た景色は、子供の頃に見た景色を確かに上から塗り替えたのだが、元の思い出ほどに印象深く残らないまま消えてしまうだろう。いくらしがんでも、高画質の写真が残っているとしても、1年ほどで味がしなくなると思う。

でも、行けばいいのだ、と今は思う。思い出せないなら、忘れてしまうなら、忘れられないぐらい頻繁に行けばいい。一月前に旅行の予定を決めても弾丸で行ける場所なのだ。しばらくは、今回の感動すら薄れてしまうから行かないだろうけど、懐かしくなったらまた行けばいい。大人になるというのは、そういう自由なお金が増えることだ。そしてまだまだ人生は長い。きっと、だんだんと感動するポイントも変わっていく。それが分かっただけでも、今回の旅は意味があった。

船が高速航行になって、私はすぐに寝てしまった。起きた頃には東京湾内に入っていて、横浜に寄ったのかどうかもよく分からなかった。まどろんでいる間に竹芝に到着して、タラップを渡ってターミナルへ入った。入ったが、最短距離で出口から出た。家に帰る足取りというのはいつもこうだ、意外と直後にしがんだりはしない、家が一番なのだから早く帰りたいのだ。でも一応、来る時にもさるびあ丸を撮った同じ場所から、最後にジェット船の写真を撮って私の旅は終わった。